先周水曜、通訳専门学校のクラスメートと3年ぶり再会しました。一绪に食事を取ったのは6人だけど、そのうち3人が结婚して、しかも旦那さんはすべて日本人でした。それぞれの事情があるけれど、结局皆日本に嫁いで住むようになりました。食事中の话题は情报更新でもあったが、一番多かったのは愚痴を言うことでした。

学生の时、毎日试験に追われ、放课后友达とあちこち食事をしたり、旅行したりしてとっても充実な生活でした。だが、结婚をすると状况はがらりと変わりました。一见キラキラと辉いている生活っぶりのようだが、実际はそうではないです。何故なら、外国人配偶者の私达はいろいろ悩んでいるからです。

まず、学生のときは日本に滞在时间が短くて、観光客の気持ちのまま日本文化、生活を観察してきました。つまり、いつか帰国し日本での生活面に何か问题があっても気にしませんでした。でも、结婚するともちろん日本社会の一员になり、日本生活に溶け込みたい気持ちがいっぱいで、どうしても焦りが出てきてしまうです。しかも、卒业后クラスメートの皆さんは帰国し、日本人との交流が殆どなかったため结婚をしたとたん孤立されたんです。

次に、この闭锁的な局面を打开したいため、何かをしようと思うとやっぱり仕事がベストです。懐が润いし、交友も広がるのでまさかの一石二鸟とも言えるが、现実はそう甘くないです。日本人の若者すら仕事が见つからないこんな不况の世の中で友达が何回チャレンジしても「ネイティブじゃなきゃ駄目」と言われ、焦りだけ溜め込んでしまいました。「どうして大卒の私が台湾でそこそこの仕事に勤められるが、日本で弁当の包装すら与えてもらえないでしょうか」と友达が叹きました。

彼女が日本に嫁いでばかりなので、私が経験した、又は経験していることをまさかいま直面しています。彼女ほど强くない私は现実をぶつける勇気がなく少しだけ试した结果、现在の私に辿り着いたです。挫折はもちろんありますが、彼女も早めにこの阵痛から脱出するよう愿っています。

 

上周三跟日中翻译学校的同学见面,毕业三年许久未见的结果是来的六个人当中有三个人结婚,而且先生都是日本人。刚开始大家还很热络地讨论近况,后来讨论得最多的则是外籍配偶的辛酸。学生阶段无忧无虑,除了上课考试外许多时候都是跟著大伙儿东逛逛西瞧瞧,时间很快就过去了。但结婚可不一样,看似光鲜亮丽的日本人妻生活实际上面临著许多的烦恼。

首先,学生生活短暂只是个过客,对于日本的生活、文化虽然感到新鲜有趣,但跟自己没什么瓜葛,心态上就只是个观光客,总有一天观光客会回到自己的国家过自己的生活。但身为外配,既然决定在日本定居理所当然就是日本社会的一员,想融入当地生活的心情自然不难理解。但是学校毕业后熟悉的一群各奔东西,留下来的只剩下孤单单外配一个人,大都会的生活别说融入了连左右邻居的互动都少之又少,结果就是完全被孤立了起来。生活中除了柴米油盐酱醋茶之外就只有跟先生大眼瞪小眼,所以结婚初始钻研得最多的就是食谱啦!

为了打开局面,左思右想到底自己能做什么,最最理想的就是有份稳定的工作,除了可以贴补家用外还可以扩展交友圈一举数得,但这美梦很快就幻灭。在经济不景气的现今社会连日本年轻人都找不到工作了哪里轮得到我们,朋友很不信邪花了一个多星期试了好几家,还到职业介绍所登记,得到的结论都是「我们只用日本人」,处处碰壁的结果让她非常挫折。「在台湾明明可以找到不错的工作,为什么来到日本连包便当都不让我做」朋友忍不住感叹。

朋友才刚来日本定居,遇到的都是自己曾经、或正在经历的,我没有她那么勇敢到处试,只是偶而鼓起勇气投投履历,用不著说履历最后都石沉大海、毫无音讯。慢慢摸索才终于找到了自己可能发展的方向,挫折在所难免,希望那位朋友也能早日脱离这个适应不良的阵痛期找到自己的一片天。

 

 

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